[秋田・岩手・青森(日本・北東北)=文・写真 イーデイリーKang Gyeong-rok 旅行専門記者] 北東北では、旅のペースが自然と緩やかになります。東京や大阪の華やかなネオンサインや押し寄せる人混みに疲れた旅行者にとって、本州最北端の北東北は、隠された最後の余白のように感じられます。 巨大な山脈と太古の森を擁するこの地は、何かを慌ただしく探し求め、埋め尽くさなければならなかった旅路から抜け出し、疲れた心を静かに休め、安らぎに没頭できる静謐な土地です。そのおかげで、北東北は韓国人旅行者にはまだ馴染みの薄い場所となっています。 深い山中に名所が点在しており、旅程を綿密に組み立てなければならないからです。しかし、まさにその静けさのおかげで、ここには大自然の原型と古風な歴史、そして人間の生活を優しく包み込んできた文化が残っています。だからこそでしょうか。ここの温泉もまた、過酷な寒さと地形に耐え抜かなければならなかった人々が、生活を慈しみ、癒やされていた空間でした。
◇引退した武士が建てた伝統旅館「龍門亭千葉旅館」
青森空港で最初に足を踏み入れたのは、かつての城下町・弘前です。弘前城は1611年に完成しましたが、当時の天守は1627年に落雷により焼失しました。 現在残っている3階建ての木造天守は、約200年後の1810年に再建されたものです。日本に残る「現存12天守」の一つです。城の周辺には、かつての武士たちの屋敷が残る武家屋敷が並び、整然とした静けさが漂っています。 この静かな街がリンゴの聖地として生まれ変わった経緯は、約150年前、明治維新の頃までさかのぼります。明治時代に入り、生計の基盤を失った旧士族たちに対し、新たな産業としてリンゴ栽培が奨励されました。旧弘前藩士たちもリンゴの栽培と普及に参画し、そうして根付いたリンゴは、今日では青森を代表する作物となりました。
赤い屋根の旧弘前市立図書館や、旧青森銀行本店といった開化期の洋館が、風情豊かに調和した市街地を見学した後、秋田県鹿角市の大湯温泉へと向かいました。
十和田湖の南、大湯川の流れに沿って佇む大湯温泉は、長い歴史を持つ東北の古湯です。かつての南部藩主が湯治場として利用し、古くから旅人が宿をとり、疲れを癒やしてきた場所です。
この温泉街で長きにわたりその地を守り続けてきたのが「龍門亭 千葉旅館」で、古き武士の系譜が受け継がれる伝統的な旅館です。門をくぐると、長い年月、人々の手や足が通り過ぎて磨き上げられ、つややかな木製の床が迎えてくれます。 慎重に一歩を踏み出すたびに、床板から「きし、きし」という音が響き、まるで田舎の実家に帰ってきたかのような、素朴で懐かしい気分にさせてくれます。
夕食には、旬の食材を使った料理を一品ずつ順に出す日本式のコース料理である「懐石」が食卓に並びます。秋田牛をヒノキの香りと共に蒸し上げた「ヒノキ蒸し」から、こんがりと焼いたアユ、リンゴのグラタンまで、この地域の山や野で採れた食材が次々と食卓に並びます。 中でも、マツタケや魚介類などを小さな急須に入れ、澄んだ出汁と一緒に蒸し上げた「土瓶蒸し」が食欲をそそります。蓋を開けた瞬間、まずマツタケの香りが立ち上り、温かい出汁を一口飲むと、旅の途中で冷えた体が優しく温まります。
夜が更ける頃、昼間は男女で分かれていた浴場が互いに入れ替わると、千葉旅館の真の魅力が明らかになります。松の木と自然石が手の届くほど近くにある石造りの湯と、ほのかなヒノキの香りが心地よく漂ってくるヒノキの湯を、次々と行き来します。 刺激的な硫黄の香りの代わりに、澄んで滑らかな温泉水が肩を包み込むとき、聞こえてくるのは庭の竹の管を伝って落ちる水の音と、私の荒い息遣いだけです。古き武士の歴史が息づく古民家で、ようやく夜の静けさが完成します。
◇荒々しい野性味あふれる山が抱く硫黄地獄「五所ヶ岳」
翌朝。標高1000mの高地にある八幡台の山麓へ向かいます。本来、八幡台登山の醍醐味は、尾根に沿って歩く静かなトレッキングにあります。山頂付近の散策路を20分ほど登ると、火口湖である「鏡沼」に出ます。 晩春、残雪が溶け出す頃、青い水色がドーナツ状に溜まり、巨大な瞳のような形をなすことから、「ドラゴン・アイ(竜の目)」と呼ばれる絶景です。
残念ながら、今回の旅では山頂を飲み込むような激しい雨風のため、山頂へ向かう途上で引き返さざるを得ませんでした。自然が結局許してくれなかった山頂の風景を背に、尾根の下で温泉の熱気と硫黄の煙が立ち上る五所ヶ岳自然研究路(散策路)へと足を向けました。
登山口の入り口に位置する五所ヶ岳温泉は、のどかな田舎の温泉とは一線を画す、大地の野性味を露わにしています。散策路の奥へと進むと、ブクブクと泥を噴き出しながら堆積したダニ火山と、硫黄の蒸気が立ち込める大湯沼が目の前に広がります。 300年以上の歴史を持つこの地には、「馬に乗ってやって来て、下駄を履いて歩いて帰る」という古い言い伝えが伝わっています。体調が悪く、馬に頼って訪れた人々も、ここで湯治をした後、歩いて帰れるほど回復するという意味が込められた表現です。
地名に込められた「オナメ」と「モトメ」の伝説も、実に切ないものです。 病める男性を看病した女性と、遠くから訪れた正妻が、互いのために沸騰する温泉の沼に身を投げたという話が伝えられています。地獄と呼んでも遜色のない硫黄の煙の中、二つの噴出口の前に立つと、人生の束縛に縛られた古の人々の悲痛な物語が、重く胸に迫ってきます。
硫黄泉の熱気を体で体感する方法も多彩です。木箱の中に体を押し込み、顔だけを出し、蒸気浴を楽しむ「箱蒸し」や、とろりとした泥を利用する「泥風呂」が代表的です。湯から上がって、天然の地熱が床を温めているオンドルに横たわると、地熱が背中へとそのまま伝わってきます。
◇「緑の貯水池」が大地の熱と出会い、湧き上がる
だるくなった体を引きずりながら、岩手県アッピ高原の静かな森の小道へと足を踏み出します。標高800メートル前後で広がるこの森は、かつて木炭を作るために木が伐採された歴史を秘めています。人間に利用されていた森には、歳月が流れるにつれて再びブナが根を下ろしました。 ふかふかの落ち葉や土の道を歩くと、足元に柔らかな土の感触が伝わってきます。ブナの森は、雪や雨を蓄えてからゆっくりと流していくため、「緑のダム」とも呼ばれています。
アッピリゾートの名物である「シラカバの湯」は、シラカバの森を眺めながら温泉を楽しめる露天風呂です。 白い白樺に囲まれた湯に身を浸すと、弱アルカリ性の温泉水が滑らかに肌を包み込みます。昼間は、空へとそびえる白樺の枝の間から、風の音がそよぎます。山を歩いた後、森を眺めながら熱い湯に浸かることは、北東北の温泉を楽しむもう一つの方法です。
高原の静寂で心を満たした後、旅のフィナーレとなる青森県三沢へと向かいます。目的地は「アオモリヤ by 星野リゾート」。約22万坪の敷地に位置するここは、青森の伝統文化と温泉文化を現代的に表現した宿泊施設です。
ここの見どころは、池の真ん中にぽつんと浮かんでいるかのような露天風呂「ウキユ」です。水面と湯の境界が連続しているため、水の上に浮かんで入浴を楽しんでいるかのような開放感を与えてくれます。額に当たる北国のひんやりとした夜風と、肩を包み込む温泉の、異なる温度が肌の上で出会います。 夜が更けると、池の上に浮かぶねぶた装飾の明かりが水面に映し出されます。
夜が更けると、青森の祭り文化を一堂に集めた「みちのくまつりの家」の公演が繰り広げられます。ねぶたの灯りが舞台を埋め尽くし、大太鼓の音が会場に響き渡ります。 踊り手たちが「ラッセラ、ラッセラ!」と叫び、盛り上がりを盛り上げます。これは韓国語の「オルス、オルス!」に相当する、ねぶた祭りに特有の掛け声です。太鼓の音に力強い掛け声が重なり、客席もいつの間にか祭りのリズムに包まれていきます。 公演が終わり、太鼓の音が静まると、再び北国の静かな夜が訪れます。熱い温泉と涼しい風、森の小道と硫黄の匂いを通り抜けてきたここ数日が、ようやくゆっくりと脳裏に浮かび上がります。北東北でのゆったりとした散歩に慣れてしまったからでしょうか。帰る時間が近づいても、足取りはなかなか速くなりません。
◇旅行手帳
▲アクセス=仁川~青森間の直行便の運航曜日と便数は、季節によって異なります。出発前に航空会社の最新の運航スケジュールをご確認いただくことをお勧めします。
▲主な宿泊施設のご案内
-龍門亭 千葉旅館(秋田・大湯温泉)=古くからの武家の由緒を受け継ぐ伝統的な旅館です。客室から望むこぢんまりとした日本庭園が静謐な雰囲気を醸し出し、季節の料理と温泉を一緒に楽しむことができます。
-アッピリゾート(岩手県アッピ高原)=ブナの森でのトレッキングやゴルフなど、多彩なアウトドアレジャーを楽しめる高原リゾートです。白樺の森にある露天風呂「白樺の湯」があります。
-アオモリヤ by 星野リゾート(青森県三沢市)=青森ならではの文化体験を取り入れたリゾートです。「みちのく松屋」の公演をはじめ、池庭園や露天風呂「浮遊」などを備えています。
▲取材協力=日本政府観光局(JNTO)