「ボッテヨン」は、話題の映画を実際に鑑賞し、率直な感想や見どころをお伝えするレビューコーナーです。<編集者注>
[イーデイリー スターinYUN GI BACK 記者] ある女性が愛らしい眼差しで一人の男性を見つめています。ところが、数秒が過ぎ、数分が流れても、その視線は決して外れることがありません。目の前の女性は確かに笑っているのに、それを見ている人は息が詰まるような思いになります。『オブセッション』は、そのように「愛」という最も身近な感情を、最も不快な恐怖へとひっくり返します。
映画『オブセッション』のポスター。(写真=ユニバーサル・ピクチャーズ)
『オブセッション』は、長年の友人ニッキー(インディ・ネヴェレッティ)に片思いをしているベア(マイケル・ジョンストン)が、どんな願いでも一つ叶えてくれる「ワン・ウィッシュ・ウィロー」を手に入れるところから始まります。ベアの願いは単純です。ニッキーに、この世の誰よりも自分を愛してもらうようにしてほしい、というものです。願いは叶います。問題は、あまりにも完璧に叶ってしまったという点にあります。
結論から言えば、まさに狂気じみた映画です。ストーリーも、演技も、そして何よりもこれを突き動かす勢いがそうです。「誰かが自分を一番愛してくれれば、幸せになれるのではないか」という単純な欲望を、最後まで突き進めます。その先で、愛は所有欲となり、所有欲は暴力へと変わり、ついには破局へと突き進みます。
恐ろしいのは、『オブセッション』が幽霊やジャンプスケア(驚かせる演出)に頼っていないという点です。むしろ、何も起こらない時の方がより不気味です。真昼間に、ニッキーが焦点の定まらない目でベアをじっと見つめているだけでも、背筋が凍るほどです。 カメラは焦って逃げたりはしません。ロングテイクで不快感を十分に積み重ね、ゆっくりと近づいてくるカメラとニッキーの微妙な表情の変化で、息の根を止めます。
映画『オブセッション』の一場面。(写真=ユニバーサル・ピクチャーズ)
とはいえ、終始重苦しいだけというわけではありません。恐ろしい状況の真っ只中で突然笑いを爆発させ、すぐに再び恐怖へと突き落とします。ロマンティック・コメディのように始まった映画が、ある瞬間、恐ろしい恋愛物語へと一変する過程も巧妙です。笑いと恐怖の間を行き来する緩急の調節のおかげで、観客はまるでジェットコースターに乗ったかのように引き込まれていきます。
その中心にはインディ・ネヴェレッティがいます。「ホラークイーン」という称号がふさわしい存在です。恋に落ちた表情と、何かが完全に壊れてしまったような表情の間を瞬時に行き来します。ついさっきまで愛らしく笑っていた人が、ほんの少し首を傾けるだけで、全く別の存在へと変わります。激しく爆発する時よりも、何も言わずに笑っている時の方が、かえって恐ろしいのです。
マイケル・ジョンストンの抑制の効いた演技も巧みです。ベアはニッキーと共に暴走するのではなく、観客の視点から目の前の狂気を目撃します。ジョンストンが一歩引いているからこそ、ネヴァレティの演技は一層強烈に映ります。同時に、このすべての破局が結局はベア自身の欲望から始まったという苦い現実も見逃していません。
映画『オブセッション』を監督したカリー・バッカー(左)監督。(写真=ユニバーサル・ピクチャーズ)
最も驚くべきことは、これらすべてを指揮した監督が、1999年生まれのユーチューバー出身であるカリー・バッカーだという事実です。 75万ドル(約10億ウォン)の制作費と、わずか20日間の撮影という制約を、アイデアとリズムで突破しました。その結果、全世界で4億8000万ドル(約6696億ウォン)以上の興行収入を記録しました。少ない予算を圧倒しているのは、「このシーンをどこまで突き詰められるか」という若いクリエイターの覇気です。
カリー・バッカーは、お馴染みのホラーの定石を踏襲する代わりに、愛と笑い、不快感と暴力を大胆に混ぜ合わせます。幽霊や驚かせる仕掛けがなくても、人の眼差しや表情だけで恐怖を生み出します。『バックルーム』のケイン・パーソンズと共に、YouTubeで成長した若いクリエイターたちが、新たなホラーの文法を紡ぎ出していることを実感させます。
だからこそ、映画が終わった後も、ニッキーの眼差しはなかなか頭から離れません。幽霊よりも人間が、悲鳴よりも微笑みの方が、もっと恐ろしいことがあるということ。『オブセッション』は、その単純な事実を108分間にわたり執拗に証明しています。監督:カリー・バッカー。上映時間108分。9月2日公開。
[イーデイリー スターinYUN GI BACK 記者] ある女性が愛らしい眼差しで一人の男性を見つめています。ところが、数秒が過ぎ、数分が流れても、その視線は決して外れることがありません。目の前の女性は確かに笑っているのに、それを見ている人は息が詰まるような思いになります。『オブセッション』は、そのように「愛」という最も身近な感情を、最も不快な恐怖へとひっくり返します。
『オブセッション』は、長年の友人ニッキー(インディ・ネヴェレッティ)に片思いをしているベア(マイケル・ジョンストン)が、どんな願いでも一つ叶えてくれる「ワン・ウィッシュ・ウィロー」を手に入れるところから始まります。ベアの願いは単純です。ニッキーに、この世の誰よりも自分を愛してもらうようにしてほしい、というものです。願いは叶います。問題は、あまりにも完璧に叶ってしまったという点にあります。
結論から言えば、まさに狂気じみた映画です。ストーリーも、演技も、そして何よりもこれを突き動かす勢いがそうです。「誰かが自分を一番愛してくれれば、幸せになれるのではないか」という単純な欲望を、最後まで突き進めます。その先で、愛は所有欲となり、所有欲は暴力へと変わり、ついには破局へと突き進みます。
恐ろしいのは、『オブセッション』が幽霊やジャンプスケア(驚かせる演出)に頼っていないという点です。むしろ、何も起こらない時の方がより不気味です。真昼間に、ニッキーが焦点の定まらない目でベアをじっと見つめているだけでも、背筋が凍るほどです。 カメラは焦って逃げたりはしません。ロングテイクで不快感を十分に積み重ね、ゆっくりと近づいてくるカメラとニッキーの微妙な表情の変化で、息の根を止めます。
とはいえ、終始重苦しいだけというわけではありません。恐ろしい状況の真っ只中で突然笑いを爆発させ、すぐに再び恐怖へと突き落とします。ロマンティック・コメディのように始まった映画が、ある瞬間、恐ろしい恋愛物語へと一変する過程も巧妙です。笑いと恐怖の間を行き来する緩急の調節のおかげで、観客はまるでジェットコースターに乗ったかのように引き込まれていきます。
その中心にはインディ・ネヴェレッティがいます。「ホラークイーン」という称号がふさわしい存在です。恋に落ちた表情と、何かが完全に壊れてしまったような表情の間を瞬時に行き来します。ついさっきまで愛らしく笑っていた人が、ほんの少し首を傾けるだけで、全く別の存在へと変わります。激しく爆発する時よりも、何も言わずに笑っている時の方が、かえって恐ろしいのです。
マイケル・ジョンストンの抑制の効いた演技も巧みです。ベアはニッキーと共に暴走するのではなく、観客の視点から目の前の狂気を目撃します。ジョンストンが一歩引いているからこそ、ネヴァレティの演技は一層強烈に映ります。同時に、このすべての破局が結局はベア自身の欲望から始まったという苦い現実も見逃していません。
最も驚くべきことは、これらすべてを指揮した監督が、1999年生まれのユーチューバー出身であるカリー・バッカーだという事実です。 75万ドル(約10億ウォン)の制作費と、わずか20日間の撮影という制約を、アイデアとリズムで突破しました。その結果、全世界で4億8000万ドル(約6696億ウォン)以上の興行収入を記録しました。少ない予算を圧倒しているのは、「このシーンをどこまで突き詰められるか」という若いクリエイターの覇気です。
カリー・バッカーは、お馴染みのホラーの定石を踏襲する代わりに、愛と笑い、不快感と暴力を大胆に混ぜ合わせます。幽霊や驚かせる仕掛けがなくても、人の眼差しや表情だけで恐怖を生み出します。『バックルーム』のケイン・パーソンズと共に、YouTubeで成長した若いクリエイターたちが、新たなホラーの文法を紡ぎ出していることを実感させます。
だからこそ、映画が終わった後も、ニッキーの眼差しはなかなか頭から離れません。幽霊よりも人間が、悲鳴よりも微笑みの方が、もっと恐ろしいことがあるということ。『オブセッション』は、その単純な事実を108分間にわたり執拗に証明しています。監督:カリー・バッカー。上映時間108分。9月2日公開。